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桶川ストーカー事件 猪野詩織


 猪野詩織

猪野詩織

桶川女子大生ストーカー殺人事件
【 犯行に至るまでの過程 】

1999年(平成11年)1月6日、埼玉県大宮市(現・さいたま市/以下同)のゲームセンターで友人と一緒だった詩織が小松和人(当時26歳)ら2人に声をかけられたことがきっかけとなり交際を始めるようになった。和人は自分を「誠」と名乗り、年齢を23歳と偽った。また、和人には東京消防局板橋消防署で消防士を務めている兄の武史がおり、その武史とともに池袋で7軒のファッションヘルスを共同経営していた。だが、詩織にはクルマのディーラーの他に貴金属や不動産も扱う青年実業家だと言っていた。ベンツ2台を乗り回し、収入は武史と折半で月に70~100万円あったという。

交際を始めた頃、詩織は週に一度、食事やドライブに誘われる程度であり、特に和人に対して不審に思うようなこともなかった。だが、2月に入る頃になると、買い物に誘われるようになり、ヴィトンのバッグやグッチのスーツなど100万円近くのプレゼントを押しつけられた。受け取りを拒否すると人前をはばからず大声で怒鳴られた。また、和人に携帯電話の番号しか教えていないはずなのに自宅にも電話がかかってきたことがあり、こうしたことから詩織は交際を続けていくことに不安を抱くようになっていく。

3月中頃、詩織が和人の住むマンションに遊びに行ったとき、室内にビデオカメラが仕掛けられていることに気付き、和人にその理由を訊くと和人はいきなり激怒し、壁にもたれた詩織の顔をかすめるように拳で壁を何度も殴った。殴りながら「俺は親に捨てられたんだ」と泣きわめいた。

詩織は恐くなり別れたいと切り出したが、和人は「俺に逆らうのか」「貢いだ100万円を返せ」「返せなければ風俗で働け」などと脅迫し交際を続けることを強要した。その後、交際を断れば殺されるかもしれないという恐怖心を抱いた詩織に対し和人は間断なく携帯電話をかけ行動を束縛した。

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