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中西麻耶,中西麻耶 事故


中西麻耶

中西麻耶


中西 麻耶(なかにし まや、1985年6月3日-)は、義足(右脚下腿切断)の陸上競技選手。北京パラリンピック日本代表、ロンドンパラリンピック日本代表。Team Hanger所属。陸上競技障害クラスT44/F44。
義足スプリンター中西麻耶(26)が、スポーツ紙のインタビューに初登場。高校時代、ソフトテニスでインターハイ、国体に出場した天性のアスリートが06年9月に職場の大事故で右足を切断した。一歩間違えれば命をも失なった悲劇を乗り越えた彼女は陸上競技界への転身を契機に障害者スポーツの第一人者に上り詰めた。生きがいを奪われ、想像を絶する挫折を味わった麻耶さんが、今夏のロンドンパラリンピックを控える今、ありったけの胸の内を語った。
中西麻耶略歴

大阪府大阪市福島区生まれ、大分県由布市庄内町出身。

大分県別府市にある明豊高等学校在学中に、ソフトテニスの選手として全国高等学校総合体育大会(インターハイ)及び国民体育大会に出場。2003年3月に高校を卒業した後は、2008年に地元で開催されるチャレンジ!おおいた国体への出場を目指していた。

2006年9月に、仕事中の事故で右足の膝から下を切断。2007年3月に義肢装具士の臼井二美男と出会い、陸上競技を始める。2007年10月には早くも100m走、200m走で日本記録を樹立。2008年3月には北京パラリンピックのA標準記録を突破して日本代表となる。2008年9月に開催された北京パラリンピックでは、100mで6位入賞、200mで4位入賞の成績を残した。2009年9月のジャパンパラリンピックでは走幅跳でも日本記録を樹立した。

記録:
T44 100m 13秒84 日本記録 2009年9月22日 大阪長居競技場 2009年ジャパンパラリンピック兼第20回日本選手権。
T44 200m 28秒52 日本記録 2008年5月3日 大分市営競技場 大分陸上2008。
F44 走幅跳び 4m96 日本記録 2010年3月21日 熊本KKWING 第13回九州チャレンジ選手権。

しかし、活動資金の調達に苦しみ、2011年の世界選手権には出場できなかった。2012年3月には資金捻出のためセミヌードカレンダーを発売した。

2012年6月4日、日本身体障害者陸上競技連盟は、日本パラリンピック委員会に対して、ロンドンパラリンピックへの出場選手として中西麻耶を推薦。

2012年7月3日、日本パラリンピック委員会は全126名の日本代表選手団選手名簿を発表。中西麻耶選手、はれて正式にロンドンパラリンピックの出場選手となる。100m・200m・走り幅跳びに出場予定。

2012年6月7日、AFP(フランス通信社)が東京発で、3月に発売したカレンダーの話題を配信し、以降、シンガポール・インド・イギリスなど世界各国でWebニュースなどのメディアに取り上げられる。

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